Wattleの教師は「特別支援教育」を専門に学んでいます。
でも、「特別支援教育」が何なのか、具体的にイメージできますでしょうか?
もしかしたら、「よくわからないな…」と感じる方も多いかもしれません。
「(普通校の)障害のない生徒は教えられないのでは…?」などという誤解をされている方もいるのではないでしょうか。
実は、特別支援教育のノウハウは、障害の有無に関わらず、全ての生徒さんに役立ちます。
このページでは、特別支援教育とは何か、ご紹介していきます。
特別支援教育とは
特別支援教育とは、子ども一人ひとりの特性(身体・脳の特徴)に合わせて行う教育のことです。
文部科学省では、以下のように定義しています。
特別支援教育は、
障害のある幼児児童生徒の
自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、
文部科学省>教育>特別支援教育 より引用1
その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、
適切な指導及び必要な支援を行うものです。
この文面での大きなポイントは、「教育的ニーズを把握」するという部分です。
教育的ニーズとは「生徒が、学ぶために必要としていること」という意味です。
つまり「○○障害だから、〜しよう」と診断名等で判断するのではなく、個々人が必要としていることを一人ずつ丁寧に把握し、オーダーメイドの教育をしていこう、ということを目標にしているのです。
そのため、学校では必要な生徒に対し「個別の教育支援計画2」を立てることになっています。
これは、その生徒がどのような教育的ニーズを持っていて、どんな支援を行なっているか、を記録していくものです。
作成にあたっては、学校などが中心となり、保護者、福祉機関、医療機関などが相談をしながら、内容を決めていきます。また、進学の際は、バトンのようにその内容が引き継がれていきます。
引用・参考文献
- 引用:文部科学省ウェブサイト:特別支援教育 ↩︎
- 参考:文部科学省ウェブサイト:参考1「個別の教育支援計画について」 ↩︎
「特別支援教育専門の先生」とは
どんなことを学んでいるの?
私たちは特別支援教育の分野を学ぶ中で、大まかに言うと、
- 人は、「どのように」学んでいくのか(学習のメカニズム)
- 人には、どんな「体・脳のクセ」があるのか(身体的・認知的な特性)
を専門的に学んできています。
小学校や中学・高校の免許取得単位では、その教科の教え方の習得に比重が置かれているのに対し、特別支援教育の授業では、人間のメカニズムに焦点を当てて学びます。
実際に授業を行う際は、特別支援学校・学級でも、通常学級と同様に学習指導要領に沿った内容を教えます。ただ、授業の内容や教材などは、生徒一人ひとりの特性や認知的な傾向を読み取りながら計画し、作成していきます。
「教員免許」の仕組み
特別支援学校で働くには、2つの免許が必要です。
それは、「普通学校(小中高校)の教員免許」と「特別支援学校の教員免許」です。
特別支援教育の免許だけでは働くことができないため、必ず2つを組み合わせて使います。
例えば、小学校の特別支援学級や特別支援学校の小学部で働きたい場合は、「小学校の免許」+「特別支援学校の免許」という風に組み合わせて使います。
逆に言うと、2つの免許を取得していますので、大学卒業後は、普通の学校・特別支援学校の、どちらででも、働くことができます。
特別支援教育にまつわる「誤解」
特別支援教育=レベルの低い勉強??
「特別支援教育が専門です」とお話しすると、「うちの子は障害ないから…」「普通校の子は教えられないんでしょう?」などとおっしゃる方がおられます。
これは、大きな勘違い!
先述したように、教師は皆、小・中・高校の免許を合わせて取得していますので、もちろんその免許に応じた内容を教えることができます(ちなみに私は、小・中・高校全てで教えることができます)。
特別支援学級・学校においても、必ずしも、段階を下げて教えているわけではありません。
あくまでもその生徒に合った内容を設定していますので、知的障害等の事情がない場合は、当該学年の内容を学習しているのです。
よく間違えられる職業
養護学校教諭=養護教諭??
最近では「特別支援学校」という呼称が定着してきましたが、養護学校という呼称が一般的だった時代には、よく「保健室の先生ですか?」と間違えられていました。
この2つの職業、言葉は似ていますが、
- 養護学校教諭 = 特別支援学校で勤務する先生
- 養護教諭 = 保健室の先生
を指しています。
この2つの職業は、学ぶ内容も取る単位も、大きく違います。紛らわしいですが、全く異なる職業なのです。
特別支援専門の先生=障害者支援施設に勤めているの?
ちなみに、「障害者支援施設に勤めている人」とも間違えられがち。
しかし、こちらも全く異なります。
特別支援教育は「教育」の分野、障害者支援施設などは「福祉」の分野になりますので、通う大学も、学ぶ内容も大きく違ってきます。
国の管轄も、教育は「文部科学省」、福祉は「厚生労働省」と異なるのです。
できそうでできない、「専門外」のこと
似ているように見えるけれど、私の専門ではないこともあります。
例えば、以下のようなことです。
- 障害や病気の診断をする
- 心の不調の相談(カウンセリング)を行う
- 心理検査(IQや心の状態などを測るテスト)を行う
- 病院や福祉制度を紹介する
障害や病気の診断は「医療」の分野ですので、お医者さんの仕事になります。
また、カウンセリングや心理検査の実施は、臨床心理士さんのお仕事となり、医療や福祉制度に繋げるのは、社会福祉士さんのお仕事になります。
類似した分野を取り扱うため、混同されやすいのが難点。
ですが、これらは専門外となるため、私には行うことができないのです。
私の仕事は、あくまでも「勉強を教える」こと。
ぜひ、あらかじめ知っておいていただければと思っています。
特別支援教育が「全人類に役立つ」理由
科学的に見る「学習のメカニズム」
特別支援教育は、広く深い学問分野です。
身体障害のある生徒を教える際は、身体の仕組みをよく知っている必要がありますし、聴覚障害のある生徒を教える際は、耳の仕組みや言語学習のプロセスに精通している必要があります。
全てはなかなか説明しきれないので、ここでは「脳の仕組みと学習プロセス」に焦点を当てて、考えてみたいと思います。
脳が学習するプロセス
人が何かを学習する際、脳の中では、以下のような流れで情報処理が行われています。3
(細かく言うと色々ありますが、ここでは大まかな流れのみ説明します。)
- 目や耳などの感覚器官を使って、外界の情報を取り込む
- これまでの知識・記憶とすり合わせ、理解する
- 記憶する
そして、何かを考えたり、話す・書くなどの表現を行ったりする際、脳内では以下のような活動が行われています。3
- 解決すべき問題を認識する
- 記憶から情報を取り出す
- 考える・推論を立てる
- 判断する
- 行動を起こす
それでは、特別支援教育では、どのようにこれらのメカニズムを使い、困りごとを解決していくのでしょうか。
参考文献
3. 服部雅史・小島治幸・北神慎司(2015). 基礎から学ぶ認知心理学ー人間の認識の不思議 有斐閣ストゥディア
特別支援教育的「困りごと分析」
学習する上で「困りごと」が発生した時、私たち特別支援教育専門の教師は、上記のメカニズムのうち、どこでつまずきが発生しているかな?と考えます。
どのように考え、対策を練っていくか、具体例を挙げて説明してみましょう。
「足し算の繰り上がりができない」ケース
原因を分析する
「足し算の繰り上がり」は、一見すると一つの行動に見えますが、
実際は、以下のように複数の行動が連動して、「繰り上がりする」というひとまとまりの行動が成り立っています。
- 数字を認識する
- 数の概念(意味、量感)がわかる
- 足し算の意味や、計算方法がわかる
- 計算手順に従って、数を操作する
- 筆記具等を使って、答えを解答欄に書く
そのため、原因を考える際も、以下のようなものが想定されます。
- 数字や、位取り(一の位、十の位等)をうまく読めていないかもしれない(知覚)
- 数の概念や、足し算の仕組みが理解できていないのかもしれない(概念理解)
- 理解はしているが、計算の途中で頭がいっぱいになっているのかもしれない(ワーキングメモリ)
- 手先が不器用で、数がうまく書けないのかもしれない(運動機能)
これらの候補の中から、教師は時間をかけて、原因を絞っていきます。
勉強の様子を見ながら考えたり、他教科や生活の様子などから情報を集めたりしながら、原因を特定していくのです。
解決策を考える
原因が特定できてきたら、今度は解決策を考えます。
ポイントは、「苦手を小さく、得意を大きく」。
苦手なことは、その負担が小さくなるように、工夫の方法を考えます。
そして、得意なことは、どんどんと使っていけるように、作戦を考えるのです。
では、先ほどの例では、どのような方法が考えられるでしょうか。
数字や位取りの見間違え(知覚段階でのつまづき)がある場合
「見づらさ」で困っているという状況なので、見やすくなる方法を考えます。
例えば、視力が低い場合などには、文字を大きくする必要があります。また、視力は正常だけれども、見て理解することに苦手さがある場合は、位ごとに色分けするなどの方法があります。
見やすさには個人差があるので、ご本人と相談しながら作戦を練っていきます。
数・足し算の概念理解でつまずいている場合
「意味がよく分からない」ことで困ってしまっている状況です。具体物や模式図等を使いながら、数や足し算の仕組みについて確認していきます。
時には、身近な例や好きなものを使うことで、興味を持って考えられることもあります。イメージを掴み、納得できるまで、時間をかけて学習します。
計算処理の円滑さ(作業記憶)につまずきがある場合
理解はしているけれど、「(複雑な作業に)頭がいっぱいになってしまう」ことで困っている状況です。
この場合は、計算工程を細かく分け、一度に行う作業を少なくできるように工夫します。工程が覚えられず混乱してしまう場合は、慣れるまで、計算の手順表を確認しながら行う場合もあります。
書く動作(運動機能)につまずきがある場合
頭ではわかっているのだけど、書く動作に難しさがあるケースもあります。
この場合は、書きやすくなるような工夫をします。例えば、解答欄を大きくする、持ちやすい筆記具を使う、パソコンなどの電子機器を使うなどの方法があります。
まとめ
このように、一つの原因をとっても、様々な方法が考えられます。
実際には、ご本人との相性や、環境(学校・家など)の中で実現可能かどうかを考慮しながら、最適な方法を考えていくのです。
「分からない」を「科学的」に考える
特別支援教育的アプローチは、極めて科学的で、論理的なアプローチ方法です。
従来の教育現場でよく聞かれた、「やる気があれば何でもできる」「(やみくもに)とにかく問題を解けばよい」などの精神論に依存した方法が、いかに大雑把なのかがお分かりいただけると思います。
障害があってもなくても、勉強をしていれば、「わからない」瞬間は必ず訪れます。
そして、どんなにやる気があっても、方法がわからなければ、解決はしません。
特別支援教育的アプローチは、自分のつまずきを「科学的に分析する」視点を与えてくれます。
だから、特別支援教育は「全人類に役立つ」のです。
特別支援の視点から、「今」を見つめ直す
「あなたには、どんな特性がありますか?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。
もしかしたら、大人の私たちでも、答えるのが難しいかもしれません。
それもそのはずです。多くの人々は一斉指導で学んでいますから、自分に合った学び方をしてきていないのです。
でも、もし、もっと自分に合った方法で学べていたら…?
暗記に苦戦したあの教科も、全然わからなかったあの教科も、もっとわかりやすく、ずっと面白かったかもしれません。
今、勉強に苦戦しているお子さんがいたら、それはきっと、自分を知る良い機会です。
どこでつまずいているのか。なぜ、よくわからないのか。
絡まった糸を、「人間のメカニズム」という視点から、一緒に解いてみませんか。
糸が解けた先には、気付かなかった自分の一面や、生きやすくなるヒントが、見えてくるかもしれません。